日本語の実力その2】日本語なしには成り立たない現代中国語
もっと評価されるべき日本語の実力シリーズの第2回。今回は現代中国語が日本起源の和製漢語なしには成り立たないというお話。やや硬い内容なので興味のある方はどうぞ。
[1] 漢字文化圏の革新者=日本
漢字の特徴の一つとして高い造語能力があげられる。ところが歴史を見てみると漢字の造語能力を存分に活用した事例は意外に少ない。伝統的中国語(漢文)においては漢字一文字で一つの概念や事柄を表すのが普通で、二文字以上の熟語は実はそれほど多くない。そのため中国では思想活動の活発だった春秋戦国時代(紀元前770-前221年)と仏教用語を翻訳するときに二文字以上の新語を多く造りだした程度である。漢字の高い造語能力は近代に至るまでかなり低レベルでしか活用されてこなかった。
ベトナムや韓国はもっぱら中国式の漢文を忠実に受け入れてその枠の外に出ることはほとんどなかった。韓国独自の造語もあることはあるのだがその数は少ない。
日本はまったくの例外である。漢字の伝播以来、日本人は千年以上に渡って漢字の造語能力を活用して多数の二文字以上からなる和製漢語を造り出してきた。中国語が母語でないことがむしろ幸いしたのである。
この千年に及ぶ基礎訓練があったおかげで、日本は西洋起源の近代的な語彙(科学・哲学・技術・思想・社会・軍事・経済等すべての分野)に対応する新語を造り出す困難な仕事に対応することができた。すでに江戸時代から医学を筆頭として各分野の基本用語や高度な概念用語が創出されており、明治時代にはさらに加速した。
こうして日本で生まれた和製漢語の一部はその後中国に文化輸出され、現代中国語の中で最も使用頻度の高い語彙群の一つを形成している。ほとんどすべての中国人はこれらの言葉の起源が実は日本であることを全く意識せずに使用しており、指摘されるとびっくりするのが普通である。
[2] 中国語に流入した大量の日本語
中国が近代化の努力を始めた頃、真っ先に困ったのが言葉の問題である。近代的な概念に対応する新語の造出を怠ってきたため海外文化や技術の受容がうまくいかなかったのだ。そこで大量の中国人留学生が明治・大正期の日本に押し寄せることになる。たとえば1905年に日本に新たに留学した中国人は8000名にのぼる。
彼らは多くの分野の日本語書籍を片っ端から翻訳し、その過程で日本起源の和製漢語をそのまま中国語の中に導入した。こうしておびただしい数の日本語が中国語の中になだれ込むことになった。
和製漢語が中国語にスムーズに受け入れられた理由はもう一つある。江戸期・明治期の和製漢語はきちんと中国語の文法規則にしたがって造語されているため中国人にもほとんど違和感がなかったのである。陳生保・元上海海外国語大学教授による具体例を引用させてもらう。
A. 形容詞+名詞
人権 金庫 特権 哲学 表像 美学 背景 化石 戦線 環境 芸術 医学 入場券 分類表
B.副詞+動詞
互恵 独占 交流 高圧 特許 否定 肯定 表決 歓送 仲裁 妄想 見習 假死
C.同義語の複合
解放 供給 説明 方法 共同 主義 階級 公開 共和 希望 法律 活動 命令 知識 総合 説教 教授 解剖 闘争
D.動詞+客語
断交 脱党 動員 失踪 投票 休戦 作戦 投資 投機 抗議 規範 動議 処刑
E.上述の語による複合語
社会主義 自由主義 治外法権 土木工程 工芸美術 自然科学 自然淘汰 攻守同盟 防空演習 政治経済学 唯物史観 動脈硬化 神経衰弱 財団法人 国際公法 最俊通牒 経済恐慌
上の表に例示されている単語以外にも多数の和製漢語が現在中国で使用されている。南ドン氏の調査による具体例がこれ。使用頻度の高い単語や基礎的な概念を表す重要な語彙が多い。
亜鉛、暗示、意訳、演出、温度、概算、概念、概略、会談、会話、回収、改訂、
解放、科学、化学、化膿、拡散、歌劇、仮定、活躍、関係、幹線、幹部、観点、
間接、寒帯、議員、議院、議会、企業、喜劇、基準、基地、擬人法、帰納、義務、
客観、教育学、教科書、教養、協会、協定、共産主義、共鳴、強制、業務、
金婚式、金牌、金融、銀行、銀婚式、銀幕、緊張、空間、組合、軍国主義、警察、
景気、契機、経験、経済学、経済恐慌、軽工業、形而上学、芸術、系統、劇場、
化粧品、下水道、決算、権威、原子、原則、原理、現役、現金、現実、元素、建築、
公民、講演、講座、講師、効果、広告、工業、高潮、高利貸、光線、光年、酵素、
肯定、小熊座、国際、国税、国教、固体、固定、最恵国、債権、債務、採光、雑誌、
紫外線、時間、時候、刺激、施工、施行、市場、市長、自治領、指数、指導、
事務員、実感、実業、失恋、質量、資本家、資料、社会学、社会主義、宗教、集団、
重工業、終点、主観、手工業、出発点、出版、出版物、将軍、消費、乗客、商業、
証券、情報、常識、上水道、承認、所得税、所有権、進化、進化論、進度、人権、
神経衰弱、信号、信託、新聞記者、心理学、図案、水素、成分、制限、清算、政策、
政党、性能、積極、絶対、接吻、繊維、選挙、宣伝、総合、総理、総領事、速度、
体育、体操、退役、退化、大気、代議士、代表、対象、単位、単元、探検、蛋白質、
窒素、抽象、直径、直接、通貨収縮、通貨膨張、定義、哲学、電子、電車、電池、
電波、電報、電流、電話、伝染病、展覧会、動員、動産、投資、独裁、図書館、
特権、内閣、内容、任命、熱帯、年度、能率、背景、覇権、派遣、反響、反射、
反応、悲劇、美術、否定、否認、必要、批評、評価、標語、不動産、舞台、物質、
物理学、平面、方案、方式、方程式、放射、法人、母校、本質、漫画、蜜月、密度、
無産階級、目的、目標、唯心論、唯物論、輸出、要素、理想、理念、立憲、流行病、
了解、領海、領空、領土、倫理学、類型、冷戦、労働組合、労働者、論壇、論理学、
味之素、入口、海抜、学会、歌舞伎、仮名、簡単、記号、巨星、金額、権限、原作、
堅持、公認、公立、小型、克服、故障、財閥、作者、茶道、参観、支配、支部、
実権、実績、失効、私立、重点、就任、主動、成員、銭、組成、大局、立場、単純、
出口、手続、取消、内服、日程、場合、場所、備品、広場、服務、不景気、方針、
明確、流感など
また熟語そのものは伝統的中国語にすでに存在していたが、日本において欧米の語彙の翻訳用語として新たな意味を与えられたものは下の通り。
胃潰瘍(周礼)、医学(旧唐書)、意義、階級、綱領、労働(三国志)、意識、
専売(北斎書)、遺伝、右翼、教授、共和、経費、交通、左翼、主義、侵略、生産、
天主、博士、輸入(史記)、印象(大集経)、衛生(荘子)、演習、
投機(新唐書)、演説(尚書)、鉛筆(東観漢記)、会計、具体、交際(孟子)、
革命(易経)、科目、経済(宋史)、学士(礼儀)、学府(晋書)、課程(詩経)、
環境(元史)、機関(易林)、記録、抗議、自由、柔道、神経、節約、分析、分配、
理性(後漢書)、気質、身分(宋書)、気分(孔子家語)、規則(李群玉)、
規範(孔安国)、偶然(列子)、計画、同情、理事(漢書)、現象(宝行経)、
憲法(国語)、交換(魏志)、時事、信用、封建、保障(左伝)、思想(曹植)、
事変(詩序)、資本(釈名)、社会(東京夢華)、主食(通鑑)、消極(周書)、
条件(北史)、世紀(晋皇甫謐)、精神(庄子)、想像(楚辞)、相対(儀礼)、
組織(遼史)、素質、白金(璽雅)、知識(孔融)、登記(斎民宝要)、
道具(釈氏要覧)、能力(柳宗元)、発明(宋玉)、反対(文心彫竜)、
美化(南史)、悲観(法華経)、標本(劉伯温)、服用(礼起)、物理(晋書)、
文化(束哲)、文学(論語)、文明(易・乾)、分子(殻梁伝)、法則(周礼)、
法律(管子)、保険(隋書)、民主(書・多方)、民法(書・湯誥)、
予算(耶律楚材)、理論(鄭谷)など
つまり「中華人民共和国」「中国共産党」「共産主義」はすべてあるいは一部が和製漢語。国名すら和製漢語なしには成り立たないのである。
和製漢語には「現代中国で日常的に頻用する言葉」「各分野の基本用語」「高度な概念語」が多く、現代中国語の不可欠の一部となってる。これらの語彙なしには新聞であれ雑誌であれまともな記事一つ書くことができないのだ。
[3] 日本式の漢字使用法
日本語の現代中国語への影響は単語ばかりではない。日本語で多用される「造語能力のある接尾辞」も現代中国語に輸出された。下表の23の漢字は伝統的中国語では造語接尾辞として使用されたことはなかった(下表は陳生保・元上海海外国語大学教授の論文からの引用)。
(1) 化
一元化 多元化 一般化 公式化 特殊化 大衆化 自動化 電気化 現代化 工業化 民族化 科学 機械化 長期化 口語化 理想化
(2) 式
速成式 問答式 流動式 簡易式 方程式 恒等式 西洋式 日本式 旧式 新式
(3) 炎
肺炎 胃炎 腸炎 関節炎 脳炎 気管炎 皮膚炎 肋膜炎
(4) 力
生産力 消費力 原動力 想像力 労動力 記憶力 表現力 支配力
(5) 性
可能性 現実性 必然性 偶然性 周期性 放射性 広泛性 原則性 習慣性 伝統性 必要性 創造性
(6) 的
歴史的 大衆的 民族的 科学的 自然的 必然的 偶然的 相対的 絶対的 公開的 秘密的
(7) 界
文学界 芸術界 思想界 学術界 金融界 新聞界 教育界 出版界 宗教界 体育界
(8) 型
新型 大型 中型 小型 流線型 標準型 経験型
(9) 感
美感 好感 悪感 情感 優越感 敏感 読後感 危機感
(10) 点
重点 要点 焦点 注意点 観点 出発点 終点 着眼点 盲点
(11) 観
主観 客観 悲観 楽観 人生観 世界観 宇宙観 科学観 直観 概観
(12) 線
直線 曲線 抛物線 生命線 死亡線 交通線 運輸線 戦線 警戒線
(13) 率
効率 生産率 増長率 使用率 利率 廃品率
(14) 法
弁証法 帰納法 演繹法 総合法 分析法 表現法 選挙法 方法 憲法 民法 刑法
(15) 度
進度 深度 広度 強度 力度
(16) 品
作品 食品 芸術品 成品 贈品 展品 廃品 半成品 記念品
(17) 者
作者 読者 訳者 労働者 著者 締造者 倡導者 先進工作者
(18) 作用
同化作用 異化作用 光合作用 心理作用 精神作用 副作用
(19) 問題
人口問題 土地問題 社会問題 民族問題 教育問題 国際問題
(20) 時代
旧石器時代 新石器時代 青銅器時代 鉄器時代 原子時代 新時代 旧時代
(21) 社会
原始社会 奴隷社会 封建社会 資本主義社会 社会主義社会 中国社会 日本社会 国際社会
(22) 主義
人文主義 人本主義 人道主義 自然主義 浪漫主義 現実主義 虚無主義 封建主義 資本主義 帝国主義 社会主義 排外主義 復古主義
(23) 階級
地主階級 資産階級 中産階級 農民階級 工人階級 無産階級
いずれも現代中国語の中で重要な造語機能を担っている。もしこれらの日本式造語接尾辞がなかったら現代中国語の造語能力は大幅に削がれてしまうだろう。
[4] 結論
現代中国語に対して和製漢語・和製接尾辞が果した役割を過小評価してはならない。それは江戸期や明治期の日本人の多大な造語努力をも過小評価することにつながる。
もしこれらの新語の創出がなされなかったならば、世界の多くの国が抱える問題に日本も中国も見舞われたことであろう。世界の多くの国では自国語で大学以上の高等教育を行えないのある。マレーシアであれナイジェリアであれネパールであれトルコであれアルメニアであれカザフスタンであれ自国語で大学レベル以上の科学や技術や学問を行うことができない。英語やフランス語やドイツ語等の外国語に頼らざるえないのだ。
日本語が強力な言語体系である理由はまだまだあるが、それはまたいずれ…
関連記事:もっと評価されるべき】日本語の実力
参考:
陳生保「中国語の中の日本語」
南京ドンブリのページ
漢字の特徴の一つとして高い造語能力があげられる。ところが歴史を見てみると漢字の造語能力を存分に活用した事例は意外に少ない。伝統的中国語(漢文)においては漢字一文字で一つの概念や事柄を表すのが普通で、二文字以上の熟語は実はそれほど多くない。そのため中国では思想活動の活発だった春秋戦国時代(紀元前770-前221年)と仏教用語を翻訳するときに二文字以上の新語を多く造りだした程度である。漢字の高い造語能力は近代に至るまでかなり低レベルでしか活用されてこなかった。
ベトナムや韓国はもっぱら中国式の漢文を忠実に受け入れてその枠の外に出ることはほとんどなかった。韓国独自の造語もあることはあるのだがその数は少ない。
日本はまったくの例外である。漢字の伝播以来、日本人は千年以上に渡って漢字の造語能力を活用して多数の二文字以上からなる和製漢語を造り出してきた。中国語が母語でないことがむしろ幸いしたのである。
この千年に及ぶ基礎訓練があったおかげで、日本は西洋起源の近代的な語彙(科学・哲学・技術・思想・社会・軍事・経済等すべての分野)に対応する新語を造り出す困難な仕事に対応することができた。すでに江戸時代から医学を筆頭として各分野の基本用語や高度な概念用語が創出されており、明治時代にはさらに加速した。
こうして日本で生まれた和製漢語の一部はその後中国に文化輸出され、現代中国語の中で最も使用頻度の高い語彙群の一つを形成している。ほとんどすべての中国人はこれらの言葉の起源が実は日本であることを全く意識せずに使用しており、指摘されるとびっくりするのが普通である。
[2] 中国語に流入した大量の日本語
中国が近代化の努力を始めた頃、真っ先に困ったのが言葉の問題である。近代的な概念に対応する新語の造出を怠ってきたため海外文化や技術の受容がうまくいかなかったのだ。そこで大量の中国人留学生が明治・大正期の日本に押し寄せることになる。たとえば1905年に日本に新たに留学した中国人は8000名にのぼる。
彼らは多くの分野の日本語書籍を片っ端から翻訳し、その過程で日本起源の和製漢語をそのまま中国語の中に導入した。こうしておびただしい数の日本語が中国語の中になだれ込むことになった。
和製漢語が中国語にスムーズに受け入れられた理由はもう一つある。江戸期・明治期の和製漢語はきちんと中国語の文法規則にしたがって造語されているため中国人にもほとんど違和感がなかったのである。陳生保・元上海海外国語大学教授による具体例を引用させてもらう。
A. 形容詞+名詞
人権 金庫 特権 哲学 表像 美学 背景 化石 戦線 環境 芸術 医学 入場券 分類表
B.副詞+動詞
互恵 独占 交流 高圧 特許 否定 肯定 表決 歓送 仲裁 妄想 見習 假死
C.同義語の複合
解放 供給 説明 方法 共同 主義 階級 公開 共和 希望 法律 活動 命令 知識 総合 説教 教授 解剖 闘争
D.動詞+客語
断交 脱党 動員 失踪 投票 休戦 作戦 投資 投機 抗議 規範 動議 処刑
E.上述の語による複合語
社会主義 自由主義 治外法権 土木工程 工芸美術 自然科学 自然淘汰 攻守同盟 防空演習 政治経済学 唯物史観 動脈硬化 神経衰弱 財団法人 国際公法 最俊通牒 経済恐慌
上の表に例示されている単語以外にも多数の和製漢語が現在中国で使用されている。南ドン氏の調査による具体例がこれ。使用頻度の高い単語や基礎的な概念を表す重要な語彙が多い。
亜鉛、暗示、意訳、演出、温度、概算、概念、概略、会談、会話、回収、改訂、
解放、科学、化学、化膿、拡散、歌劇、仮定、活躍、関係、幹線、幹部、観点、
間接、寒帯、議員、議院、議会、企業、喜劇、基準、基地、擬人法、帰納、義務、
客観、教育学、教科書、教養、協会、協定、共産主義、共鳴、強制、業務、
金婚式、金牌、金融、銀行、銀婚式、銀幕、緊張、空間、組合、軍国主義、警察、
景気、契機、経験、経済学、経済恐慌、軽工業、形而上学、芸術、系統、劇場、
化粧品、下水道、決算、権威、原子、原則、原理、現役、現金、現実、元素、建築、
公民、講演、講座、講師、効果、広告、工業、高潮、高利貸、光線、光年、酵素、
肯定、小熊座、国際、国税、国教、固体、固定、最恵国、債権、債務、採光、雑誌、
紫外線、時間、時候、刺激、施工、施行、市場、市長、自治領、指数、指導、
事務員、実感、実業、失恋、質量、資本家、資料、社会学、社会主義、宗教、集団、
重工業、終点、主観、手工業、出発点、出版、出版物、将軍、消費、乗客、商業、
証券、情報、常識、上水道、承認、所得税、所有権、進化、進化論、進度、人権、
神経衰弱、信号、信託、新聞記者、心理学、図案、水素、成分、制限、清算、政策、
政党、性能、積極、絶対、接吻、繊維、選挙、宣伝、総合、総理、総領事、速度、
体育、体操、退役、退化、大気、代議士、代表、対象、単位、単元、探検、蛋白質、
窒素、抽象、直径、直接、通貨収縮、通貨膨張、定義、哲学、電子、電車、電池、
電波、電報、電流、電話、伝染病、展覧会、動員、動産、投資、独裁、図書館、
特権、内閣、内容、任命、熱帯、年度、能率、背景、覇権、派遣、反響、反射、
反応、悲劇、美術、否定、否認、必要、批評、評価、標語、不動産、舞台、物質、
物理学、平面、方案、方式、方程式、放射、法人、母校、本質、漫画、蜜月、密度、
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味之素、入口、海抜、学会、歌舞伎、仮名、簡単、記号、巨星、金額、権限、原作、
堅持、公認、公立、小型、克服、故障、財閥、作者、茶道、参観、支配、支部、
実権、実績、失効、私立、重点、就任、主動、成員、銭、組成、大局、立場、単純、
出口、手続、取消、内服、日程、場合、場所、備品、広場、服務、不景気、方針、
明確、流感など
また熟語そのものは伝統的中国語にすでに存在していたが、日本において欧米の語彙の翻訳用語として新たな意味を与えられたものは下の通り。
胃潰瘍(周礼)、医学(旧唐書)、意義、階級、綱領、労働(三国志)、意識、
専売(北斎書)、遺伝、右翼、教授、共和、経費、交通、左翼、主義、侵略、生産、
天主、博士、輸入(史記)、印象(大集経)、衛生(荘子)、演習、
投機(新唐書)、演説(尚書)、鉛筆(東観漢記)、会計、具体、交際(孟子)、
革命(易経)、科目、経済(宋史)、学士(礼儀)、学府(晋書)、課程(詩経)、
環境(元史)、機関(易林)、記録、抗議、自由、柔道、神経、節約、分析、分配、
理性(後漢書)、気質、身分(宋書)、気分(孔子家語)、規則(李群玉)、
規範(孔安国)、偶然(列子)、計画、同情、理事(漢書)、現象(宝行経)、
憲法(国語)、交換(魏志)、時事、信用、封建、保障(左伝)、思想(曹植)、
事変(詩序)、資本(釈名)、社会(東京夢華)、主食(通鑑)、消極(周書)、
条件(北史)、世紀(晋皇甫謐)、精神(庄子)、想像(楚辞)、相対(儀礼)、
組織(遼史)、素質、白金(璽雅)、知識(孔融)、登記(斎民宝要)、
道具(釈氏要覧)、能力(柳宗元)、発明(宋玉)、反対(文心彫竜)、
美化(南史)、悲観(法華経)、標本(劉伯温)、服用(礼起)、物理(晋書)、
文化(束哲)、文学(論語)、文明(易・乾)、分子(殻梁伝)、法則(周礼)、
法律(管子)、保険(隋書)、民主(書・多方)、民法(書・湯誥)、
予算(耶律楚材)、理論(鄭谷)など
つまり「中華人民共和国」「中国共産党」「共産主義」はすべてあるいは一部が和製漢語。国名すら和製漢語なしには成り立たないのである。
和製漢語には「現代中国で日常的に頻用する言葉」「各分野の基本用語」「高度な概念語」が多く、現代中国語の不可欠の一部となってる。これらの語彙なしには新聞であれ雑誌であれまともな記事一つ書くことができないのだ。
[3] 日本式の漢字使用法
日本語の現代中国語への影響は単語ばかりではない。日本語で多用される「造語能力のある接尾辞」も現代中国語に輸出された。下表の23の漢字は伝統的中国語では造語接尾辞として使用されたことはなかった(下表は陳生保・元上海海外国語大学教授の論文からの引用)。
(1) 化
一元化 多元化 一般化 公式化 特殊化 大衆化 自動化 電気化 現代化 工業化 民族化 科学 機械化 長期化 口語化 理想化
(2) 式
速成式 問答式 流動式 簡易式 方程式 恒等式 西洋式 日本式 旧式 新式
(3) 炎
肺炎 胃炎 腸炎 関節炎 脳炎 気管炎 皮膚炎 肋膜炎
(4) 力
生産力 消費力 原動力 想像力 労動力 記憶力 表現力 支配力
(5) 性
可能性 現実性 必然性 偶然性 周期性 放射性 広泛性 原則性 習慣性 伝統性 必要性 創造性
(6) 的
歴史的 大衆的 民族的 科学的 自然的 必然的 偶然的 相対的 絶対的 公開的 秘密的
(7) 界
文学界 芸術界 思想界 学術界 金融界 新聞界 教育界 出版界 宗教界 体育界
(8) 型
新型 大型 中型 小型 流線型 標準型 経験型
(9) 感
美感 好感 悪感 情感 優越感 敏感 読後感 危機感
(10) 点
重点 要点 焦点 注意点 観点 出発点 終点 着眼点 盲点
(11) 観
主観 客観 悲観 楽観 人生観 世界観 宇宙観 科学観 直観 概観
(12) 線
直線 曲線 抛物線 生命線 死亡線 交通線 運輸線 戦線 警戒線
(13) 率
効率 生産率 増長率 使用率 利率 廃品率
(14) 法
弁証法 帰納法 演繹法 総合法 分析法 表現法 選挙法 方法 憲法 民法 刑法
(15) 度
進度 深度 広度 強度 力度
(16) 品
作品 食品 芸術品 成品 贈品 展品 廃品 半成品 記念品
(17) 者
作者 読者 訳者 労働者 著者 締造者 倡導者 先進工作者
(18) 作用
同化作用 異化作用 光合作用 心理作用 精神作用 副作用
(19) 問題
人口問題 土地問題 社会問題 民族問題 教育問題 国際問題
(20) 時代
旧石器時代 新石器時代 青銅器時代 鉄器時代 原子時代 新時代 旧時代
(21) 社会
原始社会 奴隷社会 封建社会 資本主義社会 社会主義社会 中国社会 日本社会 国際社会
(22) 主義
人文主義 人本主義 人道主義 自然主義 浪漫主義 現実主義 虚無主義 封建主義 資本主義 帝国主義 社会主義 排外主義 復古主義
(23) 階級
地主階級 資産階級 中産階級 農民階級 工人階級 無産階級
いずれも現代中国語の中で重要な造語機能を担っている。もしこれらの日本式造語接尾辞がなかったら現代中国語の造語能力は大幅に削がれてしまうだろう。
[4] 結論
現代中国語に対して和製漢語・和製接尾辞が果した役割を過小評価してはならない。それは江戸期や明治期の日本人の多大な造語努力をも過小評価することにつながる。
もしこれらの新語の創出がなされなかったならば、世界の多くの国が抱える問題に日本も中国も見舞われたことであろう。世界の多くの国では自国語で大学以上の高等教育を行えないのある。マレーシアであれナイジェリアであれネパールであれトルコであれアルメニアであれカザフスタンであれ自国語で大学レベル以上の科学や技術や学問を行うことができない。英語やフランス語やドイツ語等の外国語に頼らざるえないのだ。
日本語が強力な言語体系である理由はまだまだあるが、それはまたいずれ…
関連記事:もっと評価されるべき】日本語の実力
参考:
陳生保「中国語の中の日本語」
南京ドンブリのページ